知らないB面、聴いてみたら
放課後いつも立ち寄る小さな喫茶店。
文化祭で披露する新曲の楽譜を机に広げて、クリームソーダを待っていた。
「これ全部自分で作ったの?」
いつも飲み物を運んできてくれる店員のお兄さんが、突然話しかけてきた。
静かな目元に、エプロンからスラリと伸びる手足…
ミステリアスな雰囲気で正直近寄り難かったけど、意外と気さくな人だった。
その日から、店に行くたびに音楽の話をする仲になった。
落ち着いた声で、優しく語ってくれる時間…
この時だけは、誰も知らない穏やかな世界にいる気分だ。
こんな日々が、いつまでも続くと思っていた。
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今日はお兄さんも好きなあのバンドのライブに誘ってみようと、店の扉を開けた。
いつも静かなカウンター席に、今日は楽しい声が響いていた。
そこには、笑顔が素敵な女性と、いつもと違って子供のように無邪気に笑うお兄さんがいた。
こちらに気がつき、恥ずかしそうに手を振る。
お兄さんの手首で揺れる、女性とおそろいのブレスレットが、光に反射してキラキラとまぶしかった。
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帰り道。
お気に入りのプレイリストを響かせて歩く。
カラオケでいつも歌う失恋ソングが流れてきた。
胸に押し寄せる、冷たい波みたいな感情…
飲み込まれてしまいそうで、思わずUTAOをひらいて口ずさんだ。
なぜだろう。歌声も景色も、海の中みたいに揺れる…
ああ、そっか。好きだったんだ。
この気持ちは、歌声にのせてさよならしよう。
手に握られた2枚のチケットが、夕日に照らされ悠々と影を落としていた。
涙の海にゆられて
「月間新人賞、受賞おめでとう!」
はちきれんばかりの、部長の満面の笑み。
広いオフィスに溢れて響く、周りの拍手喝采。
自分には、一度も向けられたことがない。
入社してもうすぐ1年。同期との差は広がるばかり。
自分に嫌気がさしたときは、UTAOで思いっきり応援歌を歌って、気持ちを前向きにする。
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玄関のドアを開け、へとへとの身体をソファーへ投げ出す。
この仕事、向いてないのかな…
涙に飲み込まれそうな気持ちを振り払うべく、今日もUTAOをタップした。
すぐに歌おうとしたとき、ふと、あるカラオケ投稿に目が向いた。
学生のとき流行ったあの陽気な曲だ…懐かしい、元気でそう。
誰かの歌声なんて、普段なら興味が湧かないけど、
妙に気になり再生してみた。
『たまには涙の海に浮かんでみよう』
『涙の海は、優しく幸せの岸に運んでくれるから』
オリジナルと違いこの人は、優しくも何処か切ない声で歌っている…
こんなにも心が軽くなる歌詞だったんだ。
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部屋の窓を開けた。
海風みたいに爽やかな風が、淡く優しい空から流れ込む。
あの曲を良く聞いていた頃…
辛いことがあると、友人に連絡して、たくさん泣いたっけ。
その後に見る夕焼けは、なぜだか今でも覚えているくらい、鮮やかだった。
そっか、涙が彩りを与えてくれていたんだ。
あの歌声を聴いて、そんなことに気づいた。
今日くらいは、頑張る自分を一休みしてみようかな。
ほてった頬に、冷たい風がじんわりとしみた。
私の夢。仲間の願い。
昨日の配信でも、満足に歌えなかった。
そんな中いつもくる、ほんの少しの応援コメントが、支えになっていた。
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私にはかけがえのない4人の仲間がいる。小さい頃からずっと一緒にバスケをして、助け合ってきた。
みんなで代表になる。
大切な仲間と交わした大切な約束。それを叶えるため、本気でバスケに打ち込んだ。
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そんな日々の中、私には、試合前に必ず聞く曲があった。
力強い歌声がいつも勇気をくれたから、どんな試合も乗り越えられた。
大勢を勇気づけられる歌手になりたい…
歌声に自信なんて全然ないのに、いつしかこの気持ちを諦められなくなっていた。
約束を、仲間を、裏切ることになる…
「来週の大会も優勝して、代表に一歩前進だね!」
そんな話で盛り上がるみんなの笑顔が、胸をしめつけた。
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モヤモヤしつつ、今日もUTAOでライブ配信をして、歌声を評価してもらう。
誰もいなくなった静かなコート。くたびれた練習着を着替え、カメラの前で全力を披露する。
相変わらずの評価に、ため息がもれる。そんな中、また1つコメントがきた。
『バスケも歌もうまいなんて!』
あれ?バスケのことを知っているのは…
『あ!バレた!』
『ナイショで見守ろうって約束したのにー』
『バレたら仕方ない。いつも見てたよ!』
『みんな応援してるからね!』
みんな近くで、こっそり支えてくれていたんだ。
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みんなを勇気づけられる歌手になりたい。
仲間のみんなが辛い時、悲しいとき、元気を与えられる、そんな存在になりたい。
今はまだ険しい道のりだけど、必ず実現させるんだ。