いつもと変わりのない帰り道。今日もここへ寄り道する。
一際目立つあかいイスとテーブルに体を落ち着かせ、お気に入りのプレイリストを再生した。
ゆったりと吹く海風が、心地よく肌をなでる。
曲の後ろで、かすかに響くやさしい波音。
夜が迫るたそがれ時の空。
ここは音楽の世界に没頭できる特別な場所だ。
音楽とあいまって、最高の気分。
まるでミュージックビデオの主人公みたいだ。
今日も満足したし、そろそろ帰ろう。
腰を上げ、鼻歌まじりに歩き始めた。
目の前の道路を渡ったとき、あることに気がついた。
まわりに人が全くいない…。
今ならだれにも見られないんじゃないか?
頭の中でループしてるあの歌を、大声で歌ってみたくなった。
UTAOのアプリをタップした瞬間、目の前が綿飴のような雲に包まれた。
わけもわからず周りを見回していると、もくもく広がる雲越しにそれは顔を覗かせた。
「UTAO」と書かれた看板、その下にある小さなカラオケボックス…
開いたアプリが、目の前にカラオケボックスとして姿を現した。
思わずじっと眺めた。
すると、雲の中に埋もれる何かがきらりと光った。
「カラオケ ウタオ」と書かれたルームキーだ。
目の前のカラオケボックスで使うものだと、すぐにわかった。
戸惑いと同時に、わくわくする気持ちがこみ上げる。
海沿いに不自然にたたずむカラオケボックス…入らずにはいられない。
静かに埋もれるルームキーに、そっと手を伸ばした。